インターネット・Webの歴史

2020年代:AIツールの普及
デジタル作業がより求められる時代に。
AIの一般化。
画像においてはNovel AIが話題に。その後、Stable Diffusionが登場。
ChatGPT、Gemini、Copilotなど各社各団体が開発・リリースし一般化。
2010年代:スマートフォンの普及
スマートフォンの普及・一般化。モバイルファーストという概念。
後半にはレスポンシブWebデザインが一般的に。
HTMLはより意味付けが重要視されたページづくりに。スマホのアプリベースのサイトが流行る・一般化。
AIの研究が盛んになる。
ブラウザが対応しなくなり、開発もストップ。そしてFlashが廃れる。代わりにjQueryを使ったシンプルなスライダーやメニューなどが採用される。
2000年代:CSS分離化の時代
CSSの登場・一般化。
CSSが2となり、表現力が向上。HTMLでレイアウトすることが悪となり、HTML・CSSを分離させることがモダンに。現在もそれが主流。
ブロードバンドの普及。それまでは、ダイヤルアップ接続という方式で従量制。ISDNというのもあったが、CATV・ADSLが普及。その後光回線が登場。
スマートフォンの先駆けiPhoneは登場したものの、一般的ではなかった。
ブログyaSNSの普及、YouTubeもこの頃に登場。
Flash全盛期。
1990年代:インターネットの一般化
インターネットやWebの黎明期。
研究機関の利用から一般の商用利用へ解禁・普及へと大きく変化。もともと、公衆電気通信法→電気通信事業法という法律があった。
1953年には郵便・電信・電話を守るために制定。民間に任せると、都市部のみ普及し、過疎地・山間部に郵便や電話網が普及しない恐れがあったため、国が関わることに。
安全性に関し、傍受したり、漏らしたりすることを禁止しておく必要があった。(現在もプライバシーは守られている)
→職員が勝手に盗み見しないように厳格に制定:職員が通信の秘密は、これを侵してはならない
1985年になり、国営独占から競争を導入し、サービスの質を高め、利用者の選択肢を増やすことが求められるように。NTT民営化。
許可を得ていない人が、電話会社が行うようなサービスを行うことになるため、インターネットはグレーでした。営利目的ではないものの、「他人の通信」を中継し媒介が問題に。
- 電気通信事業に類似する行為の懸念
- 最初はNTTから借りたの専用の回線を使っていた
まとめると、研究者同士のやり取りであっても、非営利の範囲を超えたり、公衆に広く開放したりすれば、当時の法律のグレーゾーンだった。
しかしながら、国側も理解していて、
→「学術研究の推進」という明確な公益目的があり、営利性がなかったため、当時の郵政省もその存在を黙認だった。これを禁止すると国益を損なう恐れがあったため。
1992年に日本初のWebサイト誕生。
初の商用ISPサービス:IIJが設立。→こちらはサービス開始を黙認・事実上許可するだった。
海外でのインターネットの商用化の流れが、1993年の郵政省による商用利用の解禁。
つまり、海外の動向を見て日本も禁止のままでは時代に乗り遅れるということで解禁された。
1993年まではほとんど文字のみのやり取り。Mosaicというブラウザが登場し画像が表示できるようになった。
検索エンジンやAIは無い。知り合いのリンク集でつながり合っていた。
1995年。Yahoo!が登場。Windows95が登場し、デスクトップ・エクスプローラを多くの人が体験できる。インターネットは有料のIE 1.0で。
URLをアドレスバーに打ち込む・リンク集からたどるが一般的だったが、ディレクトリ型のYahoo!が人気に。検索エンジンはない。
Netscape NavigatorというWebブラウザは個人・教育機関・非営利利用は基本的に無料。そのためシェアが高かった。
テーブルレイアウトが画期的な時代。横に配置できる。通常は縦に配置される。
1980年代:コンピュータとコンピュータをはじめてつなぐ時代
1984年JUNETの構築、大学間でメールのやりとり。1988年、ネットワーク研究が本格化:WIDEプロジェクト発足。